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ジュブナイル ビデオで観てから、DVDが欲しかったのですが、こちらの監督のインタビューを読んで踏ん切りが尽きました。ちょっと高かったんですが、余録満載で大変楽しめるDVDです。
↑5.1ch、スクウィーズ収録。オーディオ・コメンタリーも楽しめ、メイキングも満載のお得な一枚。特にプレゼン用の映像や、絵コンテをデモ・ムービーとして編集した物が監督のオールアフレコ&擬音付きで笑えます(微妙にボソボソ声なのが、行為自体への恥じらいが極まっていて素晴らしい)。 先ず日本語字幕が付属しているのですが、こちらが効果音の「擬音」付きなんですよ。監督の手書きの立体擬音が画面に文字通り「ドオオン」と現れる。 考えてみれば出来るハズなんですが、これはコロンブスの卵といいますか。まあ、この手のタイトル通り子供向け(この言葉は軽くとられがちですが、大人向けよりどれだけ難しく志が高いかはFファンには語るまでもないです)として作られている今作品ならではの趣向ですよね。 この作品はエンド・クレジットで「For Fjiko F Fjio」と出てくるわけですが、その具体的な理由が、先のインタビューで分かったのが嬉しかったです。 また、監督の山崎貴氏が「さようならドラえもん」での好きな場面に、同ポジ(同じカメラ・ポジション)で、朝になるとドラえもんが居なくなっている、ボクの大好きな場面をあげており、しかも理由がかなり共感できるものだったのが何とも嬉しかったんですね。 もう、殆どの人が読んで知っていると思いますが、コレです。
↑山崎貴氏曰く「漫画表現に対して羨ましいと思ったことはほとんどないんですが、羨ましいと思った希有な例です。」 この後の、無表情で起床したのび太がドラえもんの事を訊いてくるママにたいして、無感情に歯を磨きながら「うん」と淡々と答えるのも素晴らしいんです。これぞ自立と言うドラえもんと言う作品でのび太に与えられた貫通目的を見事に表現している名演出だと思いますね。勿論最後の体育座りで微笑んでいるのび太やセリフも最高です。 「ジュブナイル」のストーリーが、話題になった創作最終回にインスパイヤされていることは知っていたのですが、山崎監督がキチンと本家の最終回を正当に理解してらっしゃった事が分かって安心したんですね。 本来は例の最終回の方の名前を原案としてクレジットしようとしたけれども、やはり著作権問題などの関係や、その方自身の考えや何かでそれは避けられ、それならばと先のエンドクレジットでのテロップになったそうです。 まあ、それに対してのボクの考え方はここでは控えますが、恐らく実写日本映画としては初めてジュブナイルSFと言うジャンルの劇場映画が産まれたという事がボクは嬉しかったですね。 漫画やアニメという物はこういうジャンルに対して最初から受け手にフィルターが備わっているので(特に現在の日本人には)、柔軟に取り組めるわけですが、実写作品と言うことになると一作目以外のゴジラの悪しき風潮で長らくこの手のジャンルは閉塞的だった訳で、正攻法で子供向けとしては商業として成り立たなかったんですよね。 事実、ボク自身も予告などを観た限りでは否定的な感情を抱いていましたしね。 安寧としたマニアの地へ逃げずに、正攻法でジュブナイルSFと言うジャンルを実写日本映画として完成させ、良い意味でアニメ的なロボット活劇としてのカタルシスも味あわせてくれた事に素直に感謝したいですね。 そういえば、どうでもいいんですけど、「ジュブナイル」と言う言葉を昔からどうしても「ジュヴィナイル」だと思って居るんですよ。ですから検索したりするときに、いちいち引っかかりが悪いんですよね。ジュブの「ブ」が難しいんですよね発音的に。 F先生がペンペン草も生えないほど開拓したこのジャンルの復興を心から願います。 ・・・・・・・・・ そういえば雁屋哲原作の「UFO戦士ダイアポロン」をスカパーで観ました。原作の漫画がどれだけ生かされているかは分かりませんが、非常に理屈っぽい解説テロップ付きで「合身」(合体じゃないですよ。「ガッッッッッッシイイイイィィィィィィィィィィィン!!!!!」ってのが耳について離れないこと請け合い)する辺りや、アメフトに対する異様なこだわりに、哲を観ましたね。ボクは。それにしてもカッコ悪すぎるあのデザインですが、例の合身のビジュアルは記憶に残っています。身体が中で大きくなって文字通り一心同体になる描写の「痛そさ」は強烈だった覚えがあります。あれはテッカマンの変身(?)シーン並に強烈な痛そさ。 子門真人の主題歌のカッコヨサも特筆モノです。 ではでは。 |