以前にも書いたが、漫画や本などを殆ど拾ってきたり借りてきたりして読んでいた性なのか、ボロボロの本の方が何だか馴染めてしまう。

勿論綺麗なことに越したことはないし、新刊で有ればあるほど白が白で綺麗に出ることも確かだ。

ただ、元書店員に言わせると、異常なまでにカバーにこだわったり、平積みの本をためつすがめつして、じっくりと選んでいるお客さんを山ほど見ていると、正直げんなりしてしまうのも事実だ。

あのためつすがめつじっくり本を選んでいる人にも色々と種類が居て、山積みの本を一山隣の平積みに重ねてじっくりと選ぶ人などがとにかくヤバい。

バッグを平積み雑誌に置いて立ち読みしているおっさん並に質が悪いとも言える。

書店員にしてみると、ためつすがめつしようがなんだろうが、元々の梱包の段階でがんがんに叩きつけるは、シュリンク(ビニールがけ)の段階で箱の中に一冊一冊丁寧に叩きつけられている訳なので、あまり意味があるとは思えない。

ただ、聴くところによると、製本の段階の接着面や裁断の具合をみているそうなのだ。そりゃあ盲点だった。

「野菜だってスーパーで新鮮で綺麗な物を選ぶでしょう」

と言う意見もあるようだが、野菜は食べるが、本は食べないのでボクはその意見はまるで理解不能だ。

新刊書で大量にハケる商品などは、レジ裏にシュリンクしていない状態の本を常時山積みにして、シュリンクされた本と交換する訳だが(だっていちいち破いていたら勿体ない)、自分がじっくり選んだこの一冊を取り替えられると、あからさまに抵抗色を示すお客さんも居て、あろうことか

ソレでお願いします」

と、持ってきたソレを指さす。

そういう人に限って後ろに何十人並んでいてもそうだ。

一度意地悪をして、30冊梱包の固まりを取り出して、

「こちらの方が綺麗ですよ」

と勧めたことがあったが、30冊全てにじっくりと目を通して(勿論後ろには列がある)、挙げ句に

ソレでお願いします」

と、持ってきたソレを指さしたときは、仰天した。

ま、アレに関してはこちらもやりすぎだったと反省しているが、相手の人の目は真剣だった。本気で30冊じっくり見てたもんなあ。

で、帯なんですけど、あれは書店員にしてみれば邪魔なことこの上なくて面倒な物なんですが、昔テレビで帯を集めている人というの特集していた番組を見たことがあった。

それが実に色々とあって、あれは日本独自の文化なのだそうだ。確かに洋書ではあまり見ないね。

色々と面白い帯を見るし、今では色んな工夫を凝らした帯もある。

もっとも、工夫すればするほど書店員には面倒になるだけなんですが。

ところで、どうしてここで帯の話をしているかというと、藤子不二雄atRANDOMさんの過去日記を読んでいたら、古本屋さんでマイクル・クライトンの「ジュラシック・パーク」の話があったからだ。

「ジュラシック・パーク」のハードカバーの最初の帯にはF先生のコメントが載っているのだ。確かにあったなあと思い出して、自分の本を引っぱり出してみると(ボクはマイクル・クライトンのファンである)、帯がない。

「あれえ?」

と思って良く思い出してみると、自分はカバーを外して帯を本体に巻き付けてからカバーをかけ直していた事を思い出した。こうすると帯がずれて読みにくいと言う事がないのだ。

果たしてその帯があって、満足してしまった。何より、あの頃は生きてたんだなあ。と、生きているのが当たり前だった頃を思い出して感慨深い物があった。

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まんが道がまたまた自分の中で熱い。どうも読み出すと止まらないのはまだ治らないようだ。「まんが道中毒」は根絶治療が難しい。

で、コレ

「これはたいしたもんだ! ソックリじゃないですか!」とは編集局長の弁だが、そりゃそうだろってなぐらいに、実際の三人はまるっきり同じ顔なのが笑える。まったく、そりゃそうだろってなもんだ。

で、まんざらでもない満賀がコレ

↑こういうのが「まんが道」の魅力の一つであることに異論はないでしょう。このストレートな感情表現がいいんですよ。

ではでは。